2012年10月29日 (月)

フィット10万キロ達成

現在乗っているフィットが2008年に35,000キロで義理の兄から譲り受けて本日10万キロ達成しました。フィットの場合は幸いなことに10万キロでタイミングベルトを交換したりとかの定期メンテはありません。そもそもタイミングベルトそのものがついておりません。今回は20~30万キロくらいまで乗り継ぎたいものです。今まで乗り継いできた車は20~30万キロほどめざして5,000キロごとにオイル交換などまめにメンテをやってきましたが、ことごとく15万キロほどで壊れたり事故にあったりで廃車になりました。詳しくはホームページでご覧ください。

http://homepage3.nifty.com/ipy/

20121029

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2007年6月10日 (日)

昨日、ホームページ用の曲を2曲レコーディングしました。ハワイアンミュージシャン ソル・ホーピイ の Hula Blues  作者は不明ですがThe Road To Paradise。どちらもオープンチューニングでスライドバーを使用しています。自分でアレンジしてみました。最近ハワイアンミュージックにプチハマリしています。その後、夕方お決まりの十和田向けモービル中、自宅から約10分ほど走った浅虫の久栗坂トンネルを抜けたあたりで突然インストルメンタルパネル上にEFI?・インジェクション?・自動燃料制御噴射装置? 最近はこの3つの単語のうちどれが使われているのでしょうか?の非常警告灯が点灯しました。そのまま少し走り安全な場所に車を寄せると最初は何の警告灯かわかりませんでしたのですぐにダッシュボードからマニュアルを取り出した。車の状態がどういう状態に置かれているのか理解するには、そんなに時間はかからなかった。なぜかというとアイドリングが不安定というよりも回転数が下がりすぎて今にもエンジンが止まりそうな状態だからである。当然、自動燃料制御噴射装置が壊れたのであれば起こりうる症状である。これはとても十和田までもたないどころか下手をすれば家にもたどり着けないと思い、恐る恐る家に引き返した。日中セカンドのU-16青森市選抜と弘前市選抜のサッカーの試合を青森市の合浦にあるスポーツ公園で観戦したあと自宅に戻るときもその兆候はでていた。スピードメーターが作動しないのである。仕方なく今日の朝行きつけの自動車屋さんにもって行きました。原因はスピードメーターと自動燃料制御噴射装置がコンピューターにより連動していてスピードメーターが上がらないのでコンピューターが判断できず燃料が送れないのだそうです。すべてはスピードメーターのセンサー不良が原因だった。修理代は約1万円と聞いてほっとしました。またもや走行距離30万キロ目標も断念なのかと一瞬頭によぎりました。その後代車を借りて十和田に向かいました。

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2007年1月 8日 (月)

今晩は、21時頃青森を出発し22時30分頃十和田に着きました。途中平内のローソンあたりから路面凍結が始まり野辺地まではひやひやの40km走行をしいられました。FFのインスパイアにBSのREVO2の組み合わせは、八甲田でも実証済みだがなかなかいいみたい。あまり不安感がない。いろいろ実験も兼ねてわざと凍結するこの時間帯を走ってみる。 ******************** http://homepage3.nifty.com/ipy 高橋 満   ********************

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2006年9月23日 (土)

バイク(単車)2

そんなわけで、無事大型限定解除という世の中に存在するどんなバイクでも乗れるいわゆる限定なしの免許を取得しました。早速買ったのがホームページの写真でも確認できるカワサキZ750L4という逆輸入車、メーターはマイル表示馬力は当時同じ国産モデルのZ750GPが70馬力に対して80馬力。前者がインジェクションに対してキャブレターを使用していたからかもしれません。ほんとうはZ1RやZ1000Rローソンレプリカなどに乗りたかってのですが150万円前後ととても手が出ませんでした。交通安全協会の大型バイク準指導員の資格もとり、よく府中試験場のコースで交通機動隊いわゆるシロバイの人たちとジムカーナにいそしんでおりました。そうこうしている内にバイク乗りといえば北海道、その北海道に本州では一番近い青森に移り住むことを決断しました。

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2006年9月 9日 (土)

バイク(単車)

バイク(単車)に関してはいろいろな思い出や考え方があるが俺の場合、車の免許を取った後、車が買えないので仕方なくバイクの免許を取りました。とにかく何でもいいから自分の好きな時に長距離を移動できる移動手段がほしかった。車が買えないというのは維持費も含めてのことで東京だと駐車場が3万円以上だったり車検や任意保険など。というわけで普通免許を取得した後せっせと何も疑問を感じないで中型免許を取得するためにまた教習場に通いました。学生時代金がなかったので車もバイクもアルバイトをして金をもらうとその都度教習場に行ってお金を払うというかたちで教習を受けていました。いざバイクの中型免許を取得しても、もともとバイクには興味がないので特に乗りたいバイクもないし金もないのでたまたま家にあったぼろぼろのスズキバンバン90ccに乗りました。ところがそのバイク最初はよかったのですが長年乗っていなかったせいかエンジンはバッテリを交換したのでかかりましたがそのうちにエアクリナのスポンジがパサパサボロボロ状態でキャブレターにその断片を吸い込むというアクシデントに見舞われました。今思い出しても笑ってしまいますが井の頭線の三鷹台という駅で踏み切り待ちをしていると2ストローク単気筒のエンジンが急に回転を上げ、かん高い爆音とともにウイリーの連発でした。まるでじゃじゃ馬をならしているような感じでした。走っていれば問題ないのですが止まると(ギアをニュートラルに入れると)症状が現れます。すぐバイク屋へ行き直しました。次に乗ったのが友達から9万円で譲り受けたホンダXL125R。これは3ヶ月で3,800km乗りバイク屋に138,000円で引き取ってもらいました。125ccでは物足りなくなり新車で初めてXLX250Rに乗り換えたがあまり調子がよくなくかえって125ccのほうが楽しかった。結局オフロードはほとんど走らないのでロードバイクのカワサキZ400FXにまた乗り換えた。買ったときはポンコツでしたがそれを何とかリフィニッシュしてピカピカにしました。当時はとっかえひっかえで1年以上同じバイクには乗りませんでした。ほぼ同時にZ400GP・ヤマハRZ250・RZ250Rと4台所有していました。安く買って修理し高く引き取ってもらうのが一つの楽しみでもありました。このカワサキZ400FXノーマル状態で最初に乗ったときDOHC8バルブ(ダブルオーバーヘッドカムシャフト)4気筒エンジンから2本マフラーに搾り出されるエンジンの排気音は、これぞカワサキという感じで感動したものです。苦しそうに加速するという言葉がピッタリでした。乗った人にしかわからない。当然各箇所に改造を施し、それが楽しみでもありました。RZ用パイプハンドル・Z2ミラー・モリワキの集合管・JMCバックステップ・ショートウインカーなど。そのうちまた400CCでは我慢ができなくなり、大型免許の挑戦が始まりました。当時大型限定解除のバイクの試験は、一発試験で落とすためにあると巷では噂されていました。いわゆる時期的に暴走族が出現した時代背景もあり合格するためには平均13回試験を受けなければとも言われていました。なぜそんなに苦労をしてまで合格したかったかと言いますと当時映画の影響でメル・ギブソン出演の「マッドマックス」でカワサキのZ1やZ1Rがホイルスピンしながら発進する姿をみて、純粋に「あれに乗りたい!!」と思ったからです。そんなわけでひたすら練習の努力の結果4回で合格できました。試験会場は、東京の府中試験場当日約120人ほど受験しましたが合格したのは、俺を含めてたったの6名。無事コースを完走すると試験官からイエローのカードが渡されます。その瞬間受験生みんなから拍手の喝采を浴びます。人生で、今まで生きてきてあれほど感動した瞬間はありませんでした。

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2006年6月 9日 (金)

ドライブ

雨の日のドライブは、とてもロマンチックな気分になれる。今日も十和田を21時頃出発し国道4号線で、青森向けモービル。今夜のミュージックは、キューバ音楽のブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ。1997年にライ・クーダーがプロデュースしたアルバムだ。スペイン語の歌詞で歌われる音楽を2.0リットル SOHC直列5気筒+PGM-FI=最高出力160PS/6,700rpm(ネ ット値)最大トルク19.0kgm/4,000rpmのエンジンを搭載したホンダ・アコードインスパイアに乗り国道4号線をロクマル走行で流していると、妙に気持ちが癒される。ギアは、マニュアルシフトの5速にぶち込んだままだ。この時間帯は途中で赤球半固(アカダマハンコ・アマチュア無線用語で赤信号で停車すること)もなく、ほとんど青信号のままなのでロクマル(時速60km)走行で走れる。ときおりタイトなコーナーでは4速あるいは3速にシフトダウンするが、ブレーキは踏まない。普段から冬のアイスバーンを想定した走りをする。アイスバーンではブレーキを踏まないのがセオリーだ。冬の八甲田スキー帰りの下りのワインディングロードでもアクセルワークとシフトダウンでほとんどブレーキは踏まない。踏めばイチコロだ。そんなわけで俺は昔からノークラ(クラッチがないこと、オートマチック・トランスミッションの車)には乗らない。勝手な理屈だ。雨の日が俺にとって特別なのは、子どもの頃から雨の日が好きだったからだ。雨の日には、アジサイの木に必ずカタツムリが出現した。ただ青森に来てからは、気のせいかカタツムリと猫があまりいないような気がする、犬はよく見かけるが。雨の日が好きなのは、カタツムリが好きなためである。子どもの頃雨が降ると、よく家の近くのアジサイの木でカタツムリを虫かご一杯にとって観察したものだ。学校の工作の時間も紙細工や彫刻などで、カタツムリを作って得意げだった。粘土を使うときはなぜか必ずゾウを作った。そんな訳で雨の日は、童心に戻れてとてもロマンチックな気分に浸れる。

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